僕のNSP 日記~其の41
あっという間に中学最後の夏休みは終わり二学期が始まった。噂でエレキギターを買った奴がいるらしい。小学の時遊んでいた奴だった。「八坂、ギター買ったんだって?何を弾いてんだ?」「NSP 」「NSP ⁉︎何でエレキなんだよ?」「何となく」この予感がその後的中する事になる。
僕のNSP 日記~其の42
やっとメンバーが3人になったもののギター が3人じゃNSP にはなれない。そうこうしてる間にNSPの初めてのLPアルバムが発売された。餌を待ってた犬の様に興奮しながらレコードに針を落とした。「えっ⁈公開録音⁈ 1曲目はエレキギターでロックンロール⁇」優しい裏切りだった。
僕のNSP 日記~其の43
小学生から姉の影響でGSを聴いていた僕には1曲目の「NSP Cry」はロックンロールのスタンダードな3コードの曲だった。それまで聴いたフォークソングとは違うスピリッツを感じた。きっとルーツはロックなんだろうなと。2曲目の「あせ」これはまた典型的なフォークソングだった。
僕のNSP 日記~其の44
「あせ」の歌詞が素敵でまさに青春応援歌だった。まだ社会に出ていない目線で若気の至りと非力さを戒め鼓舞しながらも前向き生きようともがく等身大の青春像がそこにあった。拓郎、陽水、泉谷は歌詞を難しくして大人の変化球を投げるから幼い僕の心には響かなくなっていた。
僕のNSP 日記~其の45
汗をかくと汗臭いし何かカッコ悪いと思春期は思いがちだけど「すあせ」の詩は人生哲学をわかりやすく優しく僕を励ましてくれた。「さようなら」も名曲だけど「あせ」は誰もが共感し得るポプュラリティを極めた曲で僕の中では日本No.1のフォークソングだと今でも思っているけどね。
僕のNSP日記~其の46
2曲目の「いい」に完璧に心を掴まれてしまった。フォークらしい綺麗なハモリ。途中からベースがブリブリいってファズギターが唸る。詩も恋心の変わり様を詩人の様な描き方で思春期そのものの歌だった。エンディングで僕は思わず「やった!」と叫んでいた。全てが期待通りだった。
僕のNSP日記~其の47
あと5年でこのクオリティの曲を作って演奏出来るまでになるだろうか?なるほど高専の5年生だからNSPは生まれたんだと思った。高校生じゃ時間が足りない。大学生じゃフレッシュじゃない。もちろん才能と技術と出会いの運命の力が完璧だったんだろう。「電信柱の高いこと」「うー」
僕のNSP日記~其の48
一関は盆地のせいか冬の寒さはピカイチだった。シングル2曲とここまでの曲で雪の景色に包まれてしまった。決して津軽や新潟にはない、しんしんとした寒さを感じた。人の肌の温もりと恋する情熱が欲しい、ただ裏切るのだけはやめてくれと氷の中のあわつぶのめんこいフォークだった。
僕のNSP日記~その49
シングル、アルバム2曲、フォークソングの定番、アルペジオがここまで出来てないのも驚きだった。演奏のクオリティにも驚いた。大概のバンドやグループにはいなくてもいい奴は一人はいるもんだ。20歳でエレキもベースギターも飛び抜けで上手いしハーモニーもビートルズを感じた。
僕のNSP日記~其の50
「いい」のエンディングのカッコ良さに持ってかれた僕は「おひるねの季節」のベースのイントロで2度驚いた。ドラムの無い場面で何故こんなに唸るんだろう?ポールマッカートニーと同時にヴァニラファッジのベースの音に似ていた。ジャケット写真を見ると事もあろうに左利きだった。
僕のNSP日記~其の51
ここまで聞いてNSPってグループはベースがサウンドを支配している事に気づいた。立て続けに唸るベースを聞いてしまった僕の心の中である闘いが始まっていた。小学生の頃GSに影響受けた僕は3年生の時にバンドを組んだ。姉がタイガースのピーのファンだったのでドラムを選んだ。
僕のNSP日記~其の52
中2の時フォークソングブームでギターを買った。家にはひとりでいる事も多かったしコードを覚えたりアルペジオの練習の時や大きな声で歌いたい時は土手や堤防、田んぼ、いくらでも場所はあった。おかげてだいぶ弾けるようになっていた。「ベースギターかぁ」僕の胸は弾けていた。
僕のNSP日記~其の53
おひるねの季節」は詩の描写がまるで我が田舎の風景そのものだった。スリーフィンガーのギターとオクターブでゆったりと打ってくるベースギターと歌詞の世界が妙にマッチした曲だった。「さようなら」から聞き慣れたボーカルとは違う。なんだかこの歌にはぴったりな声だと思った。
僕のNSP日記~其の54
声があったかい。今までのボーカルは声が冷たい感じがした。だから雪景色が似合っていた。この歌は夏の歌だ。へぇー、キレの良い声と太めのハスキー系の組み合わせはまるでビートルズのジョンとポールの組み合わせ。しかもハモると似る。「おひるねの季節」もお気に入りになった。
僕のNSP日記~其の55
誰が歌ってるかはまだ分からなかった。ただ誰が歌詞を書いたか曲を書いたかは表記を見れば知る事が出来た。「天野滋か」この人の詩は思春期の僕にとっては共感しかなかった。単純な複雑さ、純粋な不純、昇華と堕落といった矛盾で出来ていて堂々と恥ずかしがっている人だと思った。
僕のNSP日記~其の56
レコードの針は次の曲の溝にかかった。一曲目でも使用されたファズギターの音とスカしたカッティングギターとロックベースのお手本みたいなフレーズ。「狭くて冷たく自由に飛べない籠の中 ちょうちょ」まだ自力じゃ何も出来ない中学生にとって生きる=生まれた町の中だけだった。
僕のNSP日記~其の57
あれっ?その前にメンバー紹介⁈平賀っていう人かベースは。真ん中は中村さん、最後はしげるちゃん。これで楽器担当と声と名前、LPの写真で顔もわかった。よーし、真似てやる。そんでNSPみたいに曲を作ってハモってレコードデビューするんだ。そんな素敵な夢をNSPは僕に見せてくれた。
僕のNSP日記~其の58
「今のうちだけ飛びなさい 飛べるうちだけ飛びなさい」この「飛ぶ」を「生きる」に変えるとまさに刹那的に今しかない、いつやるんだ!と不自由な中でも生きて生きて生きるんだ!とNSPは歌っていた。天野くんも中村くんもきっと生きて生きて生き抜いて籠から出たんだね。ありがとう。
僕のNSP日記~其の59
僕は興奮していた。感動していた。歩ってでも行ける町からこんな凄い音楽グループが出たんだ。
レコードはアラジンの魔法のランプだった。好きな女の子、恋心、失恋。少年の心の中にあるものを
目の前に頭の中に出してくれる。
NSPは天野滋は僕にとって魔法使いで作家さんだった。
僕のNSP日記~其の60
レコードはまだ回っているのに僕はギターを手にとり曲を作り出した。コード進行はさっき聞いたばかりの「おひるねの季節」とほぼ一緒だった。母の実家の2階の窓から庭の柿の木が見えた。あの木は僕が小さい時に植えたのにあんなに大きくなってる。「ちっちゃな足あと」曲が出来た。